東京高等裁判所 昭和38年(ネ)940号 判決
ところで民法第五六二条は、「売主カ契約ノ当時其売却シタル権利ノ自己ニ属セサルコトヲ知ラサリシ」場合に関する規定であるところ、本件にあつては、被控訴人が控訴人に対して本件土地を売渡す旨の契約を締結したとき、たとえ被控訴人において程なく山邑酒造から右土地を買受けることができるであろうと信じていたにせよ、その当時右土地が山邑酒造の所有であることを被控訴人が熟知していたであろうことは、さきに認定したところから極めて明らかであるから、本件は、同条第一・二項の適用をうけるべき事案ではないというべきである。そしてこのことは、被控訴人が控訴人と本件土地の売買契約を締結した当時、被控訴人は山邑酒造から必ず右土地の譲渡をうけうるものと信じており、しかもその直後に被控訴人が山邑酒造から右土地を買受ける契約をしたとしても、結論を異にすべきものとは解せられない。してみると、被控訴人には民法第五六二条に基く解除権はなく、前記主張はもとより失当というの外はない。
しかしながら、被訴人と被控訴人との間の本件土地の売買契約当時、控訴人が、右土地は山邑酒造の所有であつて被控訴人の所有に属さないことを知つていたことは既に認定したところから明らかであつて、この場合たとい被控訴人より控訴人に対する右売買契約に基く土地の所有権移転が履行不能となつたとしても、民法第五六一条但書の解釈上その履行不能が被控訴人の責に帰すべき事由に基くものでない限り、買主控訴人は売主被控訴人に対して売買契約を解除することができるにしても、損害賠償の請求は一切できないものと解するのが相当である。そして既に認定したところによると、前記調停成立の結果右売買契約は履行不能となつたものというべきところ、もともと被控訴人は新郊土地を山邑酒造の代理人と考えて前記売買契約をしたものであるが、山邑酒造が新郊土地の代理権を否定し、被控訴人の所有権移転登記手続請求に応じなかつたゝめ、被控訴人は山邑酒造を相手方として前記訴訟を提起し、その事件が調停に付された後もその目的を達するべく努力を重ねたというのであり、成立に争のない甲第六号証および当審における控訴人本人尋問の結果によると、昭和二五年頃控訴人が山邑酒造から本件土地以外の土地を買受けるにあたり、新郊土地は山邑酒造を代理していたことが認められるのであつて、かようにみてくると、前記履行不能が被控訴人の責に帰すべき事由によるものとみるのは相当でないし、他に右履行不能につき、被控訴人の責に帰すべき事由があつたことについて何等の立証のない本件にあつては、控訴人主張の解除の意思表示により本件売買契約は解除せられたとしても、被控訴人に対し損害賠償を請求することは許されないというべきである。
(岸上 室伏 斎藤)